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Fabrice Millischer Interview 2019
トロンボーンで史上初のミュンヘン国際音楽コンクール優勝を果たし、「世界屈指のトロンボーン奏者」と称されるファブリス・ミリシェー。2019年来日ツアーでの演奏会の様子や、オンライン・マスタークラスの取り組みについて、インタビューしました。(2019年1月・東京にて)
取材:ビュッフェ・クランポン・ジャパン
この来日ツアーでの演奏会について
今回の来日中、広島交響楽団の定期演奏会でダヴィッドのコンチェルティーノを共演されました。ご自身で選曲されたのですか。
ミリシェー いいえ。楽団の選曲で、実は今まで3回ほどしか演奏会で披露したことがない曲でした。
この曲はオーケストラの入団試験で一番課題になりやすい曲です。つまり、世界中のほとんどのオーケストラが課題にしています。ですから、私もたくさん練習しましたし、最も深く掘り下げて練習した曲の一つです。また、生徒が毎週のようにこの曲を持ってくるので、常にこの曲と向き合っています。それで、敢えて演奏会でとり上げるのを避けていました。
それでは、最も得意とされる曲にも関わらず、通常聴くことができない演奏が鑑賞できる、特別な機会だったのですね!
また、この公演ではコンチェルトにソリストとして登場したと聞いています。
ミリシェー ソリストとして共演したあと、再び舞台に戻ってオーケストラの中でボレロのソロを吹きました。ソリストとして演奏した後に、楽員の席に代わりに座ってしまうのは初めての経験で、珍しいシチュエーションでしたが、ボレロは大好きな曲なので演奏できて嬉しく思っています。
この来日では、武蔵野市民文化会館(東京)でリサイタルも行なわれました。シュレック、クロール、マルタン、ギルマン、グラドキフといったプログラムですが、プログラムはどのように決められましたか。
ミリシェー 最も大切なことは、お客さまの気持ちになって考え、1時間30分の間、みなさまに楽しんでいただけるプログラムにすることです。自分のスタミナとともに、お客さまが飽きないよう、そして難解な曲ばかりにならないようにするなど、考慮したうえで、さまざまな雰囲気やスタイルの曲を選びました。
リサイタルでは、ピアニストの中川賢一氏と共演されました。ピアニストと演奏するうえで、重視している点はありますか。
ミリシェー ピアニストとして、共演者の演奏をしっかり聴くことは最も重要です。なぜならば、こちらのやりたいことに瞬時に答えることができるからです。そして、もう一つ重要なことは、相手と溶け合うことです。つまり、デュオがあたかも一人の奏者が演奏しているかのように聴こえることです。中川さんとは3回目ですが、とても合わせやすいピアニストです。初めて合わせたときも数分で息がぴったりと合い、リハーサルはすぐに終わりました。
世界中のトロンボーンを愛するすべての人のために…オンライン・マスタークラス
ミリシェーさんは、パリ国立高等音楽院とフライブルグの音楽大学で教えるだけでなく、2018年秋にオンライン・マスタークラスを開校されました。トロンボーンの世界ではオンライン・マスターは活発なのですか。
ミリシェー あまり聞いたことはありませんが、このアイデアはずっと前から温めていました。もちろん、音楽院の学生たちに毎週レッスンをしていますが、もっとグローバルにトロンボーン界を見ることも大切だと思います。つまり、パリやフライブルクで私のクラスに入ることを検討している学生は、私について知る必要があります。CDで私の演奏スタイルを確認することも可能ですが、実際にレッスンを受けることで「この先生のレッスンはいいな、習いたいな」と決めるきっかけになると思います。
オンライン・マスタークラスは遠方に住んでいる人に向けたものです。もしフランスに住んでいれば、電車に乗って私のレッスンを受けに来ることができますが、アジア、南米、北米、オーストラリアなどに住んでいる人が私のレッスンを受けようと思ったら、彼らは飛行機で来なければなりません。金銭的にもほかの面でも大変なことです。ですから、オンラインでレッスンをして、このように遠方に住む人に私の教え方を知ってもらうというアイデアです。
どのような方法でレッスンをされているのでしょうか。
ミリシェー 長い間、いつかは始めたいと思っていましたが、はじめは良い方法が見つかりませんでした。リアルタイムのオンライン動画通信でレッスンをしている人もいましたが、それが上手くいくとは思えませんでした。
一つ目の問題は時差です。例えば日本とは8時間の時差があります。生徒が10時にレッスンを受けたいとしたら、フランスにいる私は夜中の2時です。時差のせいでレッスン時間を決めるのがとても難しいのです。二つ目は音のクオリティです。インターネットの状況に左右され音がよく聞き取れない場合があります。三つ目は言葉の問題です。私は英語、フランス語、ドイツ語でレッスンをすることができますが、誰もがこれらの言語に堪能なわけではありません。
こうして、私は「生徒が自分の動画を送り、私がコメントをつけて送り返す」という方法を選びました。
まず生徒が自分の演奏をビデオに撮って私に送ります。例えば、今ギルマンを練習しているとします。彼は自分のビデオカメラでギルマンを演奏しているところを撮影します。それは、一人でもピアニストと一緒でもどちらでも構いません。
その後、受けとったビデオを見ながら私がレッスンをします。本人の演奏動画を流しながら、直すべきこと、もっとこうすべきだと思う箇所で一時停止をし、私がアドバイスをしているところを撮影します。
オンライン・マスタークラスならば、リアルタイムのオンライン動画通信による先ほど述べた3つの問題点は解決できます。また、一時停止もできますので、生徒は理解できるまで何度も聴くことができます。外国語が苦手な学生には特に重要ですね。
その後、ミリシェーさんも生徒さんへビデオを送るのですね。
ミリシェー そうです。だいたい40~60分のレッスンになります。ビデオを送りますから、音質のクオリティの問題もありません。
どのような生徒が受講されていますか。
ミリシェー 南米とアジアなど、遠方に住んでいる人です。
ご自分から依頼する場合、どのように楽曲づくりに参加するのですか。
ミリシェー 依頼する時には、まず作曲家の方に楽器の編成、曲の長さ、「難解過ぎず、メロディーラインがあるもの」など、大枠だけお願いして、あとは作曲家のアイディアを大切にしてもらっています。もちろん、トロンボーンの演奏に関して無理がある場合は調整します。
プロを目指す方だけではなく、趣味で演奏する方もレッスンを受けることはできるのですか。
ミリシェー もちろんです!オンライン・マスタークラスは、すべての人のために開かれています。生徒のレベルによってレッスン内容も変わってきます。愛好家でしたら技術の向上のためのレッスン、すでに高い演奏技術を習得していれば、より音楽的なアプローチをするレッスンをすることになります。このオンライン・マスタークラスの目的は上達をすることなのです。
最近はユース・オーケストラなどの入団試験に申し込むときにビデオ審査があります。この試験のために準備したビデオを、オンライン・マスタークラスでレッスンする使い方もできると思います。
ミリシェーさんのこの方法のレッスンですと、レッスンで言われたことを忘れることなく、しっかりと記憶に残りますね。
ミリシェー 無限に繰り返して聴くことができるので、それも私のオンライン・マスタークラスの特徴です。
レッスン一回につき、一曲だけですか。
ミリシェー 生徒の自由です。もちろん、レッスンは最長1時間ですから、2時間ものビデオを送ってきてもすべて聴くことはできません。みなさんの送ってくるビデオは、だいたい8~15分程度です。
〈アントワンヌ・クルトワ〉のトロンボーン
ミリシェーさんは〈アントワンヌ・クルトワ〉のトロンボーンを使用されていますね。どのような特長があるブランドなのでしょうか。
ミリシェー 〈アントワンヌ・クルトワ〉のトロンボーンの優れている点は、美しく、柔らかく、魅力的な音色です。トロンボーンには、息の流れに違和感がある楽器も存在しますが、〈アントワンヌ・クルトワ〉はどのトロンボーンでも、息の流れがスムーズです。また、まとまりのある響きでアーティキレーションも思い通り表現でき、自由に演奏できます。私は”レジェンドAC420”を使用していますが、実は現在、ミシェル・ベッケ氏と新しい楽器(AC422)の開発に参加しています。発売は今年春以降になる予定です。
これからトロンボーンを買おうという人に、楽器選びのポイントを教えてください。
ミリシェー さまざまなモデルを試すことが大切です。なぜならば、トロンボーンを選ぶのは靴を選ぶようなものだからです。まずは楽器の特徴など、多くのことを調べる必要があります。そして、さまざまなモデルを実際に試すことです。
体格や吹き方など、人それぞれです。ですから、自分に合ったものを試して見つけてください。
教育者としても、演奏家としてもご活躍し、楽器の開発、さらに本も執筆するなど、とてもハードなスケジュールですね。体調管理の秘訣を教えてください。
ミリシェー 子どもたちがまだ小さく、家族との時間を大切にしたいので、スポーツは時々サイクリングをするぐらいです。睡眠時間も短いのですが苦になりません。やりたいことをやっている人は疲れ知らずだと言います。たくさんのプロジェクトにたずさわることが元気でいられる秘訣です!
※ミリシェーさんのオンラインマスタークラス 公式WEBサイト
ONLINE TROMBONE MASTER CLASS by Fabrice Millischer